お知らせ

『サンタとプレゼント』

今年も残すところ1週間余りとなりました。


能登半島地震にはじまった令和6年。


皆様にとってはどんな一年だったでしょうか。


街を歩けば、煌びやかなネオンや華やかな装飾品が目を楽しませてくれています。


田舎暮らしの私は、幼少期にはイブの12月24日。


サンタクロースがクリスマスプレゼントを煙突から運んでくれると信じ切っていたのですが、我が家は茅葺き屋根だし、煙突なんかないし、きっと五右衛門風呂の煙穴からサンタが咳払いをしながら入り、私の枕元にそっと置いた靴下の中にお菓子やおもちゃを入れてくれるとワクワクしながらイブの夜は眠りました。


今でもはっきりと覚えていますが、子どもの楽しみや夢を一気に崩したのは薪取りにいく途中、リヤカーでの祖父の次の一言でした。


「学、サンタクロースもクリスマスプレゼントもあらへんぞ!サンタは義一(父)やし、プレゼントは義一のボーナスや給与で買いよったもんや」


「我が家は煉瓦づくりでも煙突もあらへん」


「茅葺きのボロ家におるのは、牛や鶏と牛小屋と人が来たらずっとないとる犬くらいや」


「現実は働いて金稼いでしかプレゼントなんてもらえへん」


「ただ飯食えるのは10歳までや。年明けたら働け!」と夢もロマンもない話を私にしました。


言うまでもなく、次の年の1月から、新聞折込チラシの折り込み作業を学校帰りに配達場所で行い、アルバイト代の代わりに、菓子パンひとつと一握りお菓子を毎日いただきました。


『汗して働いて得る喜び』を知ったのはこの時が初めてでした。


クリスマス前のこの時期になると、祖父市兵衛の辛辣なあの言葉が毎年脳裏をかすめます。


あれも、孫に対しての「現実を知れ」との教えだったのでしょうか。(微笑)