お知らせ

『民への信義-主義より党勢に傾聴するべからず-』

 

 衆議院議員選挙が近づいてきました。

 解散はいつか。

 任期満了まであと何日だろう。

 国政に関わる関係者にとって、この夏は東京オリンピック・パラリンピック観戦どころではありません。

 とりわけ新人にとっては、いかに知名度を選挙区であげるかに必死になります。 

 国政選挙が近づくたび、いつも新聞各紙は候補者の顔ぶれを予想し、週刊誌は当落予想の特集をくみだします。

 そして、選挙プランナーや政治評論家の党派・個人別〇✕▲▼△▽のわけのわからない予想(印)に関係者は右往左往するのです。

 「風が吹いている」

 「追い風だ。逆風だ。」と、政治信条とは別次元で日夜一喜一憂しだすのです。

 また、政治の世界の与野党を二分する主張も度々紙面を飾り始めます。。

 『保守』層を取り込まなければ・・・。

 『リベラル層』や『無党派層』。

 普段選挙に行かない若者や学生にどれだけ関心をもってもらえるか、投票してもらえるか鍵だ 等々

 テレビのタレントや司会者、識者までもが無責任に告示日が近づくにつれ熱弁し出します。

 更に、この国では、選挙戦終盤、投票日直前ともなると与野党の主張を無理やり対立させ区分した予想記事が一面を躍ることが通例となるのです。

 この国の選挙や国民はメディアにおどらされすぎてはいないか。

 加えて、最近はSNSの情報過多・氾濫により惑わされすぎてはいないでしょうか。

 『保守』と『リベラル』。

 直訳すると、リベラリズムとは本来「自由主義」が語源のはず。

 なのに、コロナ禍では、オリンピック自粛は勿論、移動自粛や営業時間を制限すべきだとの声や意見が大きいのは「リベラル派」と呼ばれる議員が沢山所属している政党です。

 一方、歴史上、公が守るべきことやもの、伝統文化を大切に守ってきた保守政党の最近の言動は・・・。

 公助よりも、むしろ自助(自己責任)が必要だと掲げるトップの下で声高に叫ぶ議員が多いのが保守政党となってしまいました。

 「新自由主義」を掲げはじめ、原発再稼働や経済政策の改革を断行。

 新型コロナで疲弊した国民の生活や経済・文化活動を破壊し、格差を生んでいる政策を推進しているのが『保守』と呼ばれる政党の最近の動向なのです。

 いつから、いつの頃から、この国の政治は『リベラル』が自由の制限を求め、『保守』が社会や経済、伝統文化を国民の手元から切り離しだしたのでしょうか。

 『語源』から距離を置くだけでなく、むしろ言葉(言霊)の意味さえもはき違えつつあるこの国の政党政治を今一度国民目線で見つめ直すべき時だと私には思えてなりません。

 議席数確保や党勢拡大に血眼にならず、政治信条を一(いつ)にする塊こそ、政策集団にこそ政党の意味があると私自身自省も込め思う昨今です。

 コロナ禍の非常時だからこそ、今一度改めて、政党の憲法とも言える『綱領』をじっくり読み返したいと思います。

 地方議会に身を置くものとして一歩距離を保ちつつ・・・。

 皆さんも是非、冷静にこの国の各政党が『言動一致』の政策集団であるかどうか選挙前にチェックして

 くだされば幸いです。

 次の国政選挙まで・・・まだ時間はあります(拝)。